飛騨神岡さんぽ・戦国時代を駆け抜けた江馬氏の下館と城跡を巡る

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こんにちは、東京散歩ぽです!

今回は岐阜県飛騨市からのお招きで飛騨市神岡町と飛騨市古川町をプレスツアーで巡ってきました。

初日は「カオミカンデ」のお膝元、飛騨市神岡町の歴史にふれる「江馬氏館」と「高原郷土館(神岡城)」を訪れました。

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史跡 江馬氏館跡公園

初めに訪れたのは「史跡 江馬氏館跡公園」。

こちらは今から400年〜600年前の室町時代から戦国時代の終わりにかけて、この地を治めてきた江馬氏の下館があった場所です。1980年に国の史跡に指定、2009年に復元整備され、2017年には国の名勝にも指定され、岐阜県内で唯一、史跡と名勝に指定されています。

戦国時代に江馬氏が事実上滅亡した後、館跡は水田として近代まで使用されていたそうで、発掘調査でこの場所に下舘があったことが分かりました。

お堀と土塀に囲まれた敷地内には4つの建物があったとされますが、現在はそのうち、館の主人が客人に対面する「会所」と「庭園」が当時のままの姿で復元されています。

「会所」の建物内の「接客の間」からは、見事な庭園を眺めることが出来ます。

庭は室町時代に作られたそうで、船津花崗岩など庭園の石のほとんどが、発掘調査の際に出土した石をそのまま配しているそうです。

こちらの「接客の間」では、1週間前までに神岡の街歩きガイドとあわせて事前予約すれば、食事をすることができるそうです。
(予約先:神岡街歩きガイド事務局(飛騨市観光協会内)TEL 0577-74-1192)

庭園の奥には借景として、当時の人々も見ていたであろう「高原諏訪城跡」のある山も見ることが出来ます。

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この日は神岡町で会席料理が楽しめる「花の家」の「蒸し寿司(1,650円)」を出前していただきました。

木のせいろの中には、酢飯の上にひし形の玉子焼きとれんこん、でんぷ、少し甘めに味付けされたおあげと干ししいたけがのっています。

それを蒸し上げたのがこちらの「蒸し寿司」。温かでやさしい甘みが口の中に広がります。

日本有数の亜鉛の山「神岡鉱山」を擁するこの地は、かつて花街として栄えた時期もあったそうで、こうした華やかな料理が出されていたそうです。

悠久の歴史を感じながらいただく、神岡グルメ。おいしかったです。

史跡 江馬氏館跡公園

所在地:岐阜県飛騨市神岡町殿573番地1
営業時間 10時~16時(入館は15時30分まで)
休業日:毎年12月1日~翌年3月31日(冬期休館)
料金:大人:200円、小・中学生:100円、団体割引 (20名以上)大人:160円、小・中学生:80円

高原郷土館(神岡城)

続いて向かったのは「史跡 江馬氏館跡公園」から徒歩10分ほどのところにある「高原郷土館(神岡城)」。

ここは、室町時代から戦国時代にかけて先ほどの江馬氏が武田信玄の命で築き、江馬氏の後にこの地に入った金森氏によって改修されたと伝えられる平山城で当時は「東町城」と呼ばれていました。

現在は、神岡鉱業所の創業100年を記念して三井金属鉱業株式会社によって模擬天守閣が整備され、1970年から「高原郷土館(神岡城)」として、この地の歴史を伝えています。

そんな「高原郷土館(神岡城)」ですが、今年(2023年)4月にリニューアルオープンして、展示も大きく変わったそうです。この日は飛騨市教育委員会の学芸員、大下さんが詳しく解説してくださいました。

「本能寺の変」があった天正十年(1582)。当時の江馬氏当主・江馬輝盛は、南飛騨から北部に進出していた三木氏と「八日町の戦い」で敗れて討死。江馬氏の勢力は急速に衰退したといいます。まさに戦乱の世。

展示では動画の解説もありました。YouTubeでも公開されているので、ご興味ある方は見てみてくださいね。

天守閣の最上階から飛騨神岡の地を一望できます。ものすごい景色!

天守閣は河岸段丘の上にあるので、こんなに高い位置から町を一望できるんですね。

高い山には町の真ん中には高原川が流れ、川をはさんで東西に街並みが続いています。

次回は、まち歩きガイドの方のアテンドで飛騨神岡の町を歩きますよ!

取材協力:飛騨市

飛騨市公式観光サイト「飛騨の旅」

高原郷土館(神岡城)

所在地:岐阜県飛騨市神岡町城ヶ丘1
営業時間:9:00~16:30(入館は16:15まで)
休業日:毎年12月1日~翌年3月31日(冬期休館)
料金:大人200円、高校生以下無料

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