近江八幡・彦根・長浜さんぽ ー観光&グルメ 7選ー【中編・彦根】

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こんにちは、Yoshi.です。近江八幡・彦根・長浜さんぽは中盤の彦根へ。

彦根と聞いて思い出すのは、まず「ひこにゃん」です。昨今メディアの露出も多い可愛いネコちゃんのマスコットキャラクターです。彦根城に行ってもどうせ「ひこにゃん」と写真を撮ったらおしまいで(失礼)、何なら「彦根観光って、ひこにゃんの出落ちでしょ?(超失礼)」くらいにしか思っていませんでした。ところが色々調べると、彦根城ってすごいんです。そして期待に胸を膨らませ彦根駅へ到着!

ひこにゃんと歴史ミステリーの街「彦根」

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やっぱり「ひこにゃん」でしたが、ここから彦根城行のバスに乗っていざ彦根城へ。

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彦根城を語る上で外せないのが、まず天守が国宝であることです。戦火を免れ往時のまま天守が現存するのは日本で12件のみです。

その美しさや、歴史的な価値があることはもちろんですが、彦根城の面白いところは、本来であれば、もうこの世に存在していなかった可能性が高かったことです。

大隈重信が奏上し、明治天皇が勅命を出し解体を回避した彦根城

早稲田大学の創始者である大隈重信は佐賀藩出身の日本の元勲。芸人はなわの「佐賀県」で残念な実態をさらされた佐賀ですが、当時は日本屈指のアカデミックな藩で、高度な教育で有名であったほか、日本初の蒸気機関の実験に成功しています。

幕末の立役者は、薩長土肥(薩摩・長州・土佐・肥前=佐賀藩)と言われていたのに、年々地味になり、気がつけば「薩長土」に。そして、福山雅治主演の「龍馬伝」以降は、完全に忘れ去られてしまいました。

かく言う大隈重信も「おおくましげのぶ:大隈重信」なのか「おおすみしげのぶ:大隅重信」なのか、地理の授業で大隅(おおすみ)半島を習った中学生にはややこしく、歴史のテストにおいて、“日本屈指のひっかけ問題”として、度々我々の前に姿を現しています。

さて解体ですが、明治初期に廃城令という制度が打ちだされました。武家政権の象徴である「城」をなくして、反乱の根城も解体しようとしたわけです。武家政権つまり徳川政権の腹心であった井伊家の彦根城は真っ先に解体対象に挙がったわけです。

ところが、明治天皇の北陸・東海道巡幸の折に、天皇の鶴の一声(勅命)で解体にストップがかかりました。その時、天皇に解体のストップを申し出たのは大隈重信だと言われています。

解体ストップを奏上したのは、重信自身が「彦根城の歴史的な価値や美しさに見出されて」ということが、定説にはなっているますが、いささか疑問が残ります。既に始まっていた解体工事を美的な観念だけでストップするでしょうか?

では、「なぜ彦根城は解体を免れたのでしょうか?」

一説によると、政治的な理由が大きいとされています。薩長藩閥外から初めて内閣総理大臣になった大隈の政治手腕は巧みなのは疑いようがありません。当時大隈は、板垣退助らと憲政党と結成し、自由民権運動、国会の開設と憲法の公布に奔走していたころで、伊藤博文ら薩長藩閥勢力との関係が深刻に悪化していた時期でした。その為に自身と天皇のパイプの太さを示すために、彦根城の保全を行ったと主張する学者の方がいます。

ただ、彦根城に行ってみてわかったことがいくつかあります。上図の様に、正門から天守に至るまでに相当な傾斜のある階段を延々登る必要があることです。この「何故彦根城は解体を免れたのか?」という歴史のミステリーを僕なりに解釈して解いてみようと思います。

  • 気付き01:まず彦根城の天守までいった感想ですが、とにかくしんどかったです。僕のカバンは大体10kgぐらいなので、その状態で階段を15分、20分登るのはかなり骨の折れる作業でした。
  • 気付き02:名古屋城、大阪城と比べると道幅がせまく、本当に山道を歩いている様な感覚でした。

思いつきですが、この時点である仮説を思いつくことになります。

「重信がお城を残したのは、戦闘用の砦として、この彦根城が使えると判断したからだ」

と思うに至りました。この思いつきを補足するいくつかの事実も浮かび上がってきました。

  • 仮説01:20kg近い装備を持った状態で、あの山道を登ると、天守閣に付く頃にはバテる可能性がある。
  • 仮説02:道が狭く傾斜がきつく、おまけに天守までの距離があるので、少人数で守るのにとても適した地形である。
  • 仮説03:京都に近く、追い込まれたとしても政権を奪還出来る可能性がある
  • 仮説04:内戦の可能性がある

仮説04については、時系列で追うと興味深いのですが、

  • 明治6年:廃城令が出る
  • 明治10年:西郷隆盛が西南戦争を引き起こす
  • 明治11年:明治天皇の北陸・東海道巡幸

つまりこの巡幸の時期には、内戦やテロリズムについて、政権側や天皇は過敏になっていた可能性があります。「有事の際の防衛基地としての利用価値が高い」ということが、この彦根城が現在もそびえている理由ではないでしょうか?

やっぱり「ひこにゃん」

 

でも、やっぱり「ひこにゃん」は可愛い。天守閣の下でひこにゃんのイベントがありましたが、ひとだかりができていました。「今からイベントをやりますが、イベント自体もゆるく、音楽も何もありませ〜ん」とスタッフの人もゆる〜い感じで案内をしていました。最初の10分くらいはひこにゃんが色々なポージングをして、群衆がただただそれを撮影するというものでした。それでも間が持っちゃうのがひこにゃんのすごいところですね。

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04_(グルメ)たねや(クラブハリエ)のバウムクーヘンをお土産として購入

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堂島ロールとかバウムクーヘンにも色々有名なスイーツがありますが、この「たねや」さんが「クラブハリエ」という屋号を作って展開したのが火付け役だったそうです。バウムクーヘンそのものも美味しかったですが、それ以上にバウムクーヘンのスナックみたいなもの(写真で言うと棚の上にのっている包装のもの)がとても美味しかったです。日持ちもしますしお土産にオススメです。

僕の母方の実家は長崎でカステラ屋さんをやっていただけに、時代に合わせて変化出来ている和菓子屋さんは本当に尊敬します。

05_(グルメ)近江ちゃんぽんを堪能「をかべ」

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お昼時だったので、駅前の「をかべ」さんに入りました。「近江ちゃんぽん」というジャンルは聞いたことがなかったのですが、せっかく近江周辺に来たので食べることに。

普通に美味しかったのですが、どうにもスープの味をどこかで体験したことがある気がしてモヤモヤしていました。長崎のちゃんぽんとも違うし、塩ラーメンとも違います。

で数日後に中華料理を食べてわかったのですが、これフカヒレスープとか、中華系の餡の味なんです。いずれにせよダシが効いてとても美味しかったので皆さんも行かれた際は寄ってみてください。

後編はついに長浜へ!

近江八幡・彦根・長浜さんぽ

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