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	<title>中山道 &#8211; 東京散歩ぽ</title>
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	<title>中山道 &#8211; 東京散歩ぽ</title>
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		<title>【中山道 十三峠】10キロ以上続く中山道随一の難所を歩いてきた</title>
		<link>https://tokyosanpopo.com/archives/69936</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[奥野 大児]]></dc:creator>
		<pubDate>Fri, 05 Apr 2024 08:52:42 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[中部]]></category>
		<category><![CDATA[トレッキング]]></category>
		<category><![CDATA[岐阜県]]></category>
		<category><![CDATA[レポート]]></category>
		<category><![CDATA[中山道]]></category>
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					<description><![CDATA[「木曽のかけはし、太田の渡し、碓氷峠がなくばよい」 江戸時代から中山道の3難所を指して、こう言われていたそうです。中山道は東京・日本橋から京都・三条大橋を結 …]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img fetchpriority="high" decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-69961" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/IMG_1041_R.jpg" alt="" width="1280" height="854" /></p>
<p>「木曽のかけはし、太田の渡し、碓氷峠がなくばよい」</p>
<p>江戸時代から中山道の3難所を指して、こう言われていたそうです。中山道は東京・日本橋から京都・三条大橋を結ぶ街道で、途中に69の宿場町があります。現代で言えば、中央自動車道に近いルートで東京と京都を結ぶ街道といえば分かりやすいでしょうか。</p>
<p>しかし、様々な街道を歩いているマニア層から、その3か所よりも難所なのではと言われているのが、日本橋から46番目の宿場町である大井と47番目の大湫（おおくて）の間にある十三峠です。</p>
<p>2024年3月、岐阜県のご招待で十三峠を歩く機会を頂き、アップダウンの激しい複数の峠道を10キロ以上踏破しました。</p>
<p>ツアーは岐阜県側から長野県方面に、東へ進むもの。大湫から大井に向かって歩いたのですが、確かにここは歩くのが大変です。現代の動きやすい服装・装備ですら大変だったのに、昔のひとはどうやって踏破していたのだろう、と不思議に思うほどの道でしたよ。</p>

<h2 class="hh hh12">十三峠がいかに「難所」なのか</h2>
<p>十三峠は、およそ下に表示した地図のルートを通ります。</p>
<p>[googlemaps https://www.google.com/maps/embed?pb=!1m28!1m12!1m3!1d52013.5375675584!2d137.30214798138093!3d35.433842287662145!2m3!1f0!2f0!3f0!3m2!1i1024!2i768!4f13.1!4m13!3e2!4m5!1s0x60034901eb8cd245%3A0x9425d08e024c4a92!2z5piv44KI44KK5p2x5Y2B5LiJ5bOg!3m2!1d35.4339678!2d137.2965468!4m5!1s0x60034bd5752ab919%3A0x20903f8644f9aee9!2z5pel5pys44CB44CSNTA5LTcyMDUg5bKQ6Zic55yM5oG16YKj5biC6ZW35bO255S65Lit6YeO77yR77yS77yS77yV4oiS77yT77ySIOaYr-OCiOOCiuilv-WNgeS4ieWzoA!3m2!1d35.4501341!2d137.3901409!5e0!3m2!1sja!2sus!4v1711962557478!5m2!1sja!2sus&amp;w=600&amp;h=450]</p>
<p>中山道における十三峠は、2点間をできるだけ直線になるよう結んだモノらしいんですね。山道を迂回する「中街道」というルートがあるらしいのですが、それとくらべて、これだけ高さが違う！と調べてくださった方がいます。</p>
<blockquote class="twitter-tweet">
<p dir="ltr" lang="ja">まるにのさん <a href="https://twitter.com/maru_ni_no?ref_src=twsrc%5Etfw">@maru_ni_no</a> にご協力いただいて、先日の中山道十三峠 vs 中街道の標高断面図を高さ合わせで作ってもらいました。<br />
スタートゴール地点が同一なので、位置を合わせたものもありますが、迂回による距離の違いがわかるようにしたものもあります。<br />
十三峠、想像以上に険しいな… <a href="https://t.co/xI9xfLJKtw">pic.twitter.com/xI9xfLJKtw</a></p>
<p>— ぼんた (@KumanoBonta) <a href="https://twitter.com/KumanoBonta/status/1598858406647173120?ref_src=twsrc%5Etfw">December 3, 2022</a></p></blockquote>
<p><a href="https://platform.twitter.com/widgets.js">https://platform.twitter.com/widgets.js</a></p>
<p>やりとりの詳細は記事を最後まで読み終えたあとに<a href="https://togetter.com/li/1981493">こちら</a>でどうぞ。</p>
<p>この高低差を体感するハイキングになりました。</p>
<h2 class="hh hh12">十三峠を東進</h2>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69939" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/20240318_1254381.jpg" alt="" width="1280" height="721" /></p>
<p>大湫宿から東に進むことしばらく。</p>
<p><strong>是より東　十三峠</strong><br />
<strong>道中安全</strong></p>
<p>の石碑が見えました。</p>
<p>石碑の後ろにある坂が、普段の僕なら避けるレベルの勾配です。</p>

<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69940" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/P1070867_R.jpg" alt="" width="1280" height="961" /></p>
<p>迂回すればある程度平坦になるところを尾根道として開通したくらいですから、比較的まっすぐな道が続きます。土や葉っぱに覆われた道が多く、アスファルトに比べて足の負担が小さいのを実感できます。</p>
<h2 class="hh hh11 hh12">旅人の安全を願った三十三所観音石窟</h2>
<p>峠に入ってまもなく、中仙道ゴルフ倶楽部の真ん中を突っ切るように進みます。ゴルフ場の真ん中を突っ切る中山道、誰が所有しているんでしょう。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69942" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/P1070861_R.jpg" alt="" width="1280" height="961" /></p>
<p>脇にはほこらがあり、33体の馬頭観音が祀られていました。ここは三十三所観音石窟といい、近隣の飛脚や馬を所有する人らが寄進して作ったそうです。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69944" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/R0003621_R.jpg" alt="" width="1280" height="853" /></p>
<p>よく見るとカラフルなゴルフボールも祀られています。現代ではゴルフのスコアアップの御利益があるのかもしれませんね。</p>
<h2 class="hh hh12">旅人を見守る一里塚</h2>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69946" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/P10708691_R.jpg" alt="" width="1280" height="721" /></p>
<p>ゴルフ場を抜けると、そこにはこんもりと盛り上がった塚がありました。これは一里塚（約4キロ間隔で設置されている旅の目安）でここは権現山一里塚という名称でした。権現山一里塚は、江戸から90里、京都から44里の道しるべです。</p>
<p>こうした景観は江戸時代からずっと変わらないものらしく、長い年月を経て、なお同じものを見られるありがたみを感じます。開発してより便利を目指すのもいいですが、昔から変わらないものを残すのもいいものです。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69947" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/P1070886_R.jpg" alt="" width="1280" height="961" /></p>
<p>十三峠は複数の峠・坂のあるエリアです。場所によっては道路が舗装されて車が通れるところもありますし、後に開発された道路と交差するところもあります。道中に茶屋や自販機などがあまりないので、水筒やペットボトル・場合によっては食料も持参した方が良いと思いますよ。</p>
<h2 class="hh hh12">地面に現れる石の牡丹</h2>
<p>十三峠を4割ほど進んだころ、紅坂にさしかかりました。ここの足下には、花崗岩が花の模様に見える「紅坂のぼたん岩」があります。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69948" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/R0003654_R.jpg" alt="" width="1280" height="853" /></p>
<p>花崗岩の「たまねぎはく離」という現象の標本でもあるそうなのですが、貴重なその標本を踏んづけてしまえるのもちょっと面白いです。この形状を完全に模写した「ぼたん岩せんべい」なんか作ったら、いいお土産になりませんかね。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69949" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/20240318_145835_R.jpg" alt="" width="1280" height="721" /></p>
<p>紅坂にも一里塚があります。ひとつ京都寄りの権現山一里塚からここまで、約4キロを1時間半ほどで移動しました。細かな休憩を入れつつ、疲労を適度に散らしながら進むと、このくらいかかる感覚でしょうか。</p>
<p>ここは江戸から89里（約356キロ）、京都へ45里（約180キロ）と言われた場所ですから、江戸から京都に向かって中山道を進んだときに、ほぼ3分の2を進んだことになるわけですね。</p>
<h2 class="hh hh12">十三峠の東寄りには首なし地蔵や西行ゆかりの地が</h2>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69950" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/R0003656_R.jpg" alt="" width="1280" height="853" /></p>
<p>2時間半以上も歩いた十三峠もいよいよ終盤。1756年（宝暦6年）に地元の方々が旅行者の道中安全を祈って建てたお地蔵さんの首を、中間（公家や寺院などで働く人）が切り落としてしまった、といわれる首なし地蔵がありました。</p>
<p>なんでも、同行した中間が寝ている間に首を切り落とされて亡くなっていたことにお地蔵さんが気づかないことに生存した中間が怒った、という言い伝えです。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69951" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/R0003661_R.jpg" alt="" width="1280" height="853" /></p>
<p>こうしたお地蔵さんも大切に守られているのがちょっと面白いですよね。まあ、いいか。というおおらかさを感じます。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69952" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/20240318_155306_R.jpg" alt="" width="1280" height="721" /></p>
<p>伊勢神宮へのお参りは、江戸時代の人々にとっては、超一大イベントです。行けずに生涯を終えた人も多かったことでしょう。</p>
<p>しかし人々は、全国各地に、直に参詣できなくてもお参りできる遙拝所（ようはいじょ）といわれる場所を設けていました。十三峠にも伊勢神宮の遙拝所がありました。</p>
<p>遙拝所から伊勢神宮を直接見ることはできませんでしたが、そちらに向かって手を合わせればいい、と。日本人の信仰って、1度何かをしたら100回やったことになる、とか、遠くからでも手を合わせればお参りしたことになる、といったおおらかさがあるのが好感持てます。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69953" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/P1070893_R.jpg" alt="" width="1280" height="961" /></p>
<p>十三峠を東に進んで、最後の印象的なスポットは西行の森でした。ここには100本以上の桜が植えられています。満開の季節に来たら、さぞや美しいことでしょうね。</p>
<p>平安時代の僧侶・歌人である西行の墓は複数の場所にありますが、十三峠の東となる岐阜県恵那市にもお墓があるのだそう。</p>
<p>晩年の西行の歌に</p>
<p><strong>願はくは　花の下にて　春死なむ　その如月の望月のころ</strong></p>
<p>というものがあります。桜をこよなく愛した西行にちなんだ名所として、平成元年に生まれたのが西行の森なのだそうです。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69955" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/P1070896_R.jpg" alt="" width="1280" height="961" /></p>
<p>この景色がさくら色に染まったら、さぞや美しいことでしょうね。</p>
<h2 class="hh hh12">足がパンパンに張った十三峠</h2>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69954" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/P1070901_R.jpg" alt="" width="1280" height="961" /></p>
<p>いつの間にか整った石畳が現れ、下りきったところでふと振り向くと、そこには</p>
<p><strong>是より西　十三峠</strong></p>
<p>の石碑が。実に3時間以上の時間をかけて10数キロの道のりを歩き切りました。</p>
<p>峠道を歩いていて思ったことは、</p>
<ul>
<li>昔の人の脚力はすごい</li>
<li>ゴミが落ちておらず、中山道を歩く人たちのマナーが良い</li>
</ul>
<p>ことです。途中でも欧米の方のハイカーを見かけることがありましたが、そうした方々のマナーが良いのでしょう。これから峠歩きをする人が増えても、こうした景観が守られる十三峠であってほしいです。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69961" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/IMG_1041_R.jpg" alt="" width="1280" height="854" /></p>
<p>急勾配の道が多い十三峠でしたが、勾配の写真が少ないのは歩くのに一生懸命だったから……。現代の歩きやすい服装・靴でこれだけ大変だったのですから、当時の人はクッションがない草鞋（わらじ）のような履き物で、よくあの峠を歩いたものです。</p>
<p>道中、峠と峠の間には舗装された道路があり、人々が生活している町並みを見ることができました。飲料の自動販売機はそうしたエリアにありましたが、ペットボトル一本分は常に予備があるくらいで歩いている方が安心だと思います。</p>
<p>また、公衆トイレはおよそ30分から1時間歩くくらいの間隔で設置されていましたが、訪れた3月中旬の時点では「冬季期間により閉鎖」のものが数カ所ありました。緊急時にこの張り紙を見たら、心くじけます。余裕をみて用をたしておいたほうが良さそうです。</p>
<p>ともあれ、約3時間、自然と歴史を堪能できました。普段、ハイキングをする方ではないので、その後数日は足がパンパンになりましたけれど、楽しいひとときを過ごせましたよ。</p>
<h3>あわせて読みたい</h3>
<ul>
<li><a href="https://tokyosanpopo.com/archives/69915">【中山道 琵琶峠】730mの石畳と江戸時代の景色を楽しんで散策した</a></li>
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</ul>
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		<item>
		<title>【中山道 琵琶峠】730mの石畳と江戸時代の景色を楽しんで散策した</title>
		<link>https://tokyosanpopo.com/archives/69915</link>
		
		<dc:creator><![CDATA[奥野 大児]]></dc:creator>
		<pubDate>Wed, 03 Apr 2024 09:31:01 +0000</pubDate>
				<category><![CDATA[中部]]></category>
		<category><![CDATA[トレッキング]]></category>
		<category><![CDATA[岐阜県]]></category>
		<category><![CDATA[中山道]]></category>
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					<description><![CDATA[2024年3月、岐阜県のご招待で、中山道をハイキングしてきました。中山道は東京の日本橋から京都の三条大橋を結ぶ、途中に69の宿場町のある街道です。 岐阜県に …]]></description>
										<content:encoded><![CDATA[<p><img decoding="async" class="aligncenter size-full wp-image-69934" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/R0003586_R.jpg" alt="" width="1280" height="853" /></p>
<p>2024年3月、岐阜県のご招待で、中山道をハイキングしてきました。中山道は東京の日本橋から京都の三条大橋を結ぶ、途中に69の宿場町のある街道です。</p>
<p>岐阜県には、東京から見て43番目の馬籠（まごめ）宿から59番目の今須宿まで17の宿場があります。</p>
<p>旅の大まかなルートは、東京から見て48番目の細久手（ほそくて）宿あたりから、43番目の馬篭（まごめ）宿まで、西から東に向かって進むもの。途中、道路が整備された所などは車を使い、限られた時間で最大限に魅力を感じられるルートを選んでいただきました。</p>
<p>細久手宿と大湫（おおくて）宿（東京から47番目）の間にある、琵琶峠を歩いた記録をお届けします。</p>

<h2 class="hh hh12">琵琶峠を西から東へ</h2>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69916" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/P1070791_R.jpg" alt="" width="1280" height="961" /></p>
<p>細久手宿の東に中山道宿場めぐりの道　という杭があります。ここから中山道のハイキングが始まりました。時刻は午前11時すぎです。</p>
<p>[googlemaps https://www.google.com/maps/embed?pb=!1m28!1m12!1m3!1d6501.716625395018!2d137.27576259718055!3d35.43353973242503!2m3!1f0!2f0!3f0!3m2!1i1024!2i768!4f13.1!4m13!3e2!4m5!1s0x600347e609b306b1%3A0x2287ce03d2935bfb!2z44CSNTA5LTYyNTEg5bKQ6Zic55yM55Ge5rWq5biC5aSn5rmr55S677yTIOeQteeQtuWzoCDopb_lhaXlj6Mg56KR!3m2!1d35.436558!2d137.2767772!4m5!1s0x600347e6ff882ec3%3A0xb5da863c99df5264!2z55C155C25bOgIOefs-eVsyDmnbHlhaXlj6PjgIHjgJI1MDktNjQ3MSDlspDpmJznnIznkZ7mtarluILlpKfmuavnlLog5penIOS4reWxsSDpgZM!3m2!1d35.4318771!2d137.2850594!5e0!3m2!1sja!2sjp!4v1712049412636!5m2!1sja!2sjp&amp;w=600&amp;h=450]</p>
<p>細久手宿から東へ進むとあるのが琵琶峠です。</p>
<p>平成17年の市町村合併により、当時は長野県山口村だった馬籠（まごめ）宿が岐阜県中津川市に越県合併し、岐阜の宿場町は17となりました。それまでは岐阜県内にある宿場のことを「美濃十六宿」と呼んでいました。今でも、昔を語る際には美濃十六宿と呼ぶことがあるようです。</p>
<p>琵琶峠は美濃十六宿でもっとも高いところにある峠で、全長730メートルほどの日本一長い石畳が敷かれる中山道の名所です。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69917" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/P1070800_R.jpg" alt="" width="1280" height="961" /></p>
<p>中山道は江戸時代以降に整備されました。琵琶峠では江戸時代に作られた石造物などが今も残っています。</p>
<p>この日は日差しもよく、石畳に木漏れ日の影が際立っていました。</p>
<p>差し入れして頂いた五平餅を食べて（ゴミは適切に処分しました）、いざ出発。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69918" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/R0003563_R.jpg" alt="" width="1280" height="853" /></p>

<h2 class="hh hh12">RPGの世界に足を踏み入れたかのよう</h2>
<p>たとえが現代的ではありますが、ロールプレイングゲームの世界に足を踏み入れたような気がしました。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69929" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/P1070816_R.jpg" alt="" width="1280" height="961" /></p>
<p>杉の木が幻想的な影を作り、石畳の峠道を立体的に浮かび上がらせます。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69932" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/R0003564_R.jpg" alt="" width="1280" height="853" /></p>
<p>側溝にも当時のままもの部分があるらしく（上の写真がそうかはわかりませんでした）、流れる水や苔も風景に彩りを加えてくれます。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69933" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/R0003583_R.jpg" alt="" width="1280" height="853" /></p>
<h2 class="hh hh12">現存する一里塚が立派</h2>
<p>こうした街道には、1里（約4キロメートル）おきに、一里塚と呼ばれる塚が築かれています。琵琶峠には昔のままの姿が残る、八瀬沢一里塚があります。ここからは江戸へ91里、京都へ43里を示しているのだそうな。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69919" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/P1070822_R.jpg" alt="" width="1280" height="961" /></p>
<p>一里塚は、本来は街道の両側に作られるものだそうですが、壊されたり、経済的な事情でそもそも片方・両方作られない、といったこともあったのだとか。八瀬沢一里塚は身長を超える高さの塚が2つ、こんもりと鎮座しています。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69922" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/P1070828_R.jpg" alt="" width="1280" height="961" /></p>
<p>これを目指して旅をしたり、きっと一里塚を休憩ポイントにしていたのだろうなあ、などと思いをはせながら通りました。</p>
<p>ビジネスで「マイルストーン」なんて言葉を使う人もいるかもしれませんが、一里塚は、あれと語源や使われ方も似ています。1マイルは約1.6キロメートル、1里は約4キロメートルの違いはありますが、ともに中間目標のような意味合いで現代でも使われる言葉です。</p>
<h2 class="hh hh12">旅人を見守る馬頭観音</h2>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69923" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/R0003584_R.jpg" alt="" width="1280" height="853" /></p>
<p>琵琶峠の頂上には馬頭観音（馬頭様）が祀られていました。馬頭様はこの旅の行程で何カ所も祀られており、旅人の安全を祈っていたことが伝わります。</p>
<p>休憩所もありました。ここからは南東の見晴らしがとても良かったですよ。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69924" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/P1070838_R.jpg" alt="" width="1280" height="961" /></p>
<p>頂上を過ぎてからはひたすら東に向かって下っていきます。石畳は土や枯れ草で覆われた道と比べると滑らずに進めますが、上りに比べると足下の注意で景色を見る余裕がなくなりますね……。</p>
<p>足下に気をつけて下っていくと、いつの間にやら琵琶峠の東上り口の石碑が。そして、この先はアスファルトで整備された中山道が続いていました。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69925" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/R0003587_R.jpg" alt="" width="1280" height="853" /></p>
<p>ああ、ここで琵琶峠の石畳も終わりか。振り返ってみると今まで下ってきた石段が僕を見下ろしています。</p>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69926" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/R0003591_R.jpg" alt="" width="1280" height="853" /></p>
<p>東京から京都に向かう際は、さあ峠を越えるぞ！と、この階段を上っていくのですね。</p>
<h2 class="hh hh12">石畳と林道を楽しめる琵琶峠</h2>
<p><img decoding="async" class="alignnone size-full wp-image-69927" src="https://tokyosanpopo.com/wp-content/uploads/2024/04/P1070834_R.jpg" alt="" width="1280" height="961" /></p>
<p>現代の中山道は往時の雰囲気をいまなお感じとれる、風情あふれる街道です。琵琶峠の石畳は整備がしっかりされていて、安全に歩ける道でした。</p>
<p>自然あふれる街道と宿場が交互に現れる中山道は、欧米からもハイキングに訪れる人が断たないのだそう。今回訪れたのは3月ですが、新緑のころや秋の風情も楽しそうな峠だなと感じました。</p>
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